| 問1. |
時々「他力本願的な人生は駄目だ」ということを聞きますが、それは他に頼って生きるという意味なのでしょうか。 |
| 問2. |
真宗の教えでは、よく「煩悩具足の凡夫」ということを言いますが、何か人間を卑下する言葉に聞こえます。違うのでしょうか。 |
| 問3. |
一般に「門徒もの知らず」ということを聞きますが、何か門徒と呼ばれている人を蔑視しているように思います。それは一体どういうことを指していうのですか。 |
| 問4. |
私は以前に本州の観光地へ旅に出掛けた折、ある有名なお寺で”お守り札”を買い求め、それを今までお仏壇の中へ入れて大事に飾っていました。
先日、お寺さんがお参りに来られ、お仏壇には、そのようなものを入れるところではないと云われ戸惑っています。どうしたらよいのでしょうか。 |
| 問5. |
人間が亡くなって四十九日法要までの間を「中陰(ちゅういん)」というようですが、一体、どの様な考え方から生まれたのですか。 |
| 問6. |
お寺は自分の思いや願いをかなえてくれる場所ではないと聞かされましたが、本当にそうなのでしょうか。 |
| 問7. |
私はお正月になると神社へ「初詣で」へ出かけます。ある時、ご住職からそれよりもお寺の「修正会」にお参りしなさいと言われ戸惑っています。何か年の初めに神社にお参りしないと不安を感じるのですが・・・・・。 |
| 問8. |
我が家では毎月、亡き人の命日にお寺さんに来ていただいて「月忌づとめ」をしてもらい、先祖の供養を行っています。
果たしてそのことで亡き人を本当に満足させる供養になっているのでしょうか。 |
| 問9. |
仏前にお参りする時、念珠(数珠)を手にかけるのはなぜでしょうか。 |
| 問10. |
このたびようやく念願の我家の「お墓」を建てることになったのですが、建てる時期や場所、刻む文字等に特別注意をはらわなければならないこと がありますか。 |
| 問11. |
浄土真宗では「お内仏のお給仕」が大事な門徒の勤めだと教えられますが、それはどういうことですか。 |
| 問12. |
お葬式や法事の場で、僧侶が分からんお経を読まれるのはどうも腑に落ちません。如何でしょうか。 |
| 問13. |
ある人から真宗門徒の家に「お内仏」があるのに「神棚」がおかれているのはおかしいと言われましたが何故でしょう。 |
| 問14. |
仏教各派の中に「水子供養」をすすめる宗派もあれば、そうでない宗派もあります。特に浄土真宗ではそのようなことを行わないと聞きますが、同じ仏教なのに何故でしょうか。 |
| 問15. |
お葬式の時に浄土真宗では「清め塩」を使いませんということを見聞きしますが、何故でしょう。 |
| 問16. |
年忌法要を勤める場合、よく「繰り上げ」はよいが、「繰り下げ」はいけないということを聞きますが、それはどういうことでしょうか。 |
| 問17. |
真宗の本尊は木像、絵像、それに名号の三つの形であらわされますが、これらは偶像とちがうのですか。 |
| 問18. |
法事をつとめる時、お寺さんにお経をあげてもらいますが、どんな功徳(くどく)があるのですか。 |
| 問19. |
お仏壇(浄土真宗では「お内仏」という。)を求めるのはいつがよろしいのですか。また、求めたらどうしたらよろしいのですか。 |
| 問20. |
お寺においても結婚式はするのですか。 |
| 問21. |
お盆が近づくと亡き人のことが気になります。どうすることが一番の「供養」になるでしょうか。 |
| 問22. |
浄土真宗では「戒名」と言わず、「法名」と言うそうでありますが、その意味と違いを教えてください.。 |
| 問23. |
毎朝毎夕にお内仏に向かってお勤めをさせて頂いておりますが、どうも心から喜んでお念仏申せていない時があります。それは、「私は本当にお浄土へ行けるのであろうか」とか「念仏を申しても救われないのではないだろうか」等とあれこれ考えて(疑って)しまう時があるからです。誠にお恥ずかしい限りなのですが、やはりこんな私の様な姿勢のお念仏では救われないのではないでしょうか。 |
| 問24. |
毎年秋になるとお寺から「報恩講」にお参りくださいという案内をいただきますが、これは何の法要なのでしょうか?また、恩に報いるとは一体どういう恩なのですか。 |
| 問25. |
先日母が亡くなり、最近になってようやく仏様の教えに向き合おうと思い始めました。しかし、教えが難解のように思えてなりません。私は仏教に出遇うのが遅すぎたのでしょうか。 |
| 問26. |
よく身内の方が亡くなった時、お寺に永代経の志を上げるということを聞きますが、それはどういうことなのですか。 |