真宗問答
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真宗問答
先日母が亡くなり、最近になってようやく仏様の教えに向き合おうと思い始めました。しかし、教えが難解のように思えてなりません。私は仏教に出遇うのが遅すぎたのでしょうか。

 仏教に出遇うことに早い遅いはございません。多くの方は、特に若いうちは、「宗教などなくても自力の力で生きていける」と、自らの力を過信して日々を過ごしているのではないでしょうか。明日も当然生きていると思って死について考えることもないでしょう。しかし、私たちはいざ身内を亡くしたり、或いは自らが病になったり老いたりすると、人間の生死を少し真面目に考え始めます。すると、自分の力では解決出来ない問題が次々と出てまいります。そこで、今ようやく自分というものが問題になり、自分の生き方に惑いが生じたのだと言えましょう。しかし、それはあなたがどこかで仏さまの教えのご催促と受けとめられ、それを聞こうという心が生まれたのだと思います。
 三帰依文(さんきえもん)の言葉の冒頭に
   人身受け難し、いますでに受く
   仏法聞き難し、いますでに聞く
という言葉があります。人として命を頂くことは希なことであり、また仏法に出遇い、教えを聞くことも大変難しいことだというのです。しかし、今そのように教えに遇うことが難しいと言われる中にあってそのご縁を頂いたのであれば、その時を大事にし、これからの人生を仏様の教えにたずねる生き方にして頂きたいものであります。
 とかく我々は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」存在であります。せっかく出遇ったご縁を無駄にすることのないように朝夕にお内仏に向かって手を合わせ、またお寺の行事(彼岸会や報恩講など)に出来る限りお参り頂き、共に仏さまの教えに育てられる生活を送ってまいりたいと思うことであります。

 さっぽろ東本願寺第125号より