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明治期の本山東本願寺に於いては北海道開教、新道開拓への多額の費用を負担することが困難な状態にあった。そのため、唯乗坊秀含は、札幌別院初代輪番に任命されると直ちに越後(新潟県)へ赴き、高田御坊崇教下の寺院及び門徒方に援助を得て、越後国中蒲原郡横越村字沢海、光円寺の古御堂を札幌別院本堂に移築する事を決定した。明治四年その古御堂を解体し舟に積み込み日本海を経て石狩川を遡り茨戸へ陸揚げした。さらに札幌まで人馬にて運搬した。そして同年七月より本堂建立に着手し、十月末にはや完成している。それが現在の旧御堂である。
その後明治二十四年札幌の人口増加発展を成し、旧御堂(当時の本堂)も狭くなった為、新たな本堂建立に着手し、同年秋に落成、翌二十五年八月二十六日に遷仏式が執行された。旧御堂とは現本堂に対しての言葉である。
明治、大正、昭和、平成に至るまで脈々とお念仏の御法を語り継がれて来た念仏道場である。
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